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引きこもりから脱出したたった一つの方法

私は元不登校・引きこもりです。

中学3年間は人と会うのを避け、苦しい時を過ごしていました。

現在ではその経験を活かし、不登校支援の団体で講演会などもさせていただいた事もあります。

機会があればもっとやりたいですね。

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引きこもるキッカケ

正直、キッカケは覚えていません。

いじめられた事もありません。

でも、何度か行きたくないなぁというのを繰り返しているうちに本格的に不登校になりました。

最近カウンセラーの先生と話したところ、多くの子供にキッカケはなく

「なんで学校行かないの?」と言われるのは子供にとって苦痛だと言っていました。

不登校から引きこもりへ

引きこもりになるのにも時間がかかりませんでした。

意外と常識に縛られる考え方をしているので、他の人と同じことが出来ない自分が恥ずかしいのです。

理想と現実のギャップみたいなものでしょうか?

もし、恥ずかしいことではないと思っていたら引きこもりにはならなかったかもしれません。

こんな自分を誰かに見られるのは恥ずかしいと思っていました。

特に知り合いには絶対会いたくない。


外に出ろと言ってくれた父

学校に行かないことで両親とは相当な喧嘩をしました。

しかし、父は意外と早い段階で私を理解してくれました。

それが、私には大きな救いでした。

そして、父親から1つ条件が出ました。

『必ず1日1回はなんでもいいから外に出なさい。
万が一補導されたら迎えに行くから安心しなさい。』

とのことでした。

近所の散歩とか考えたのですが、フラフラして近所の人に変に思われるのもな…って思って、近くのホームセンターとかデパートに行きました。

本屋で立ち読みして、部屋のインテリアを変えたくなったので、ホームセンターで布買ってきて、部屋片付けたり、100均をウロウロしたり。

その後、両親の理解と協力で適応指導教室なるものに行きました。

自由な場所だったので、気分が向いたときに行くみたいな(笑)

でも、そこで友達ができて、恥ずかしさというものが消えたことで、学校の友達とも会えるようになりました。

不登校になって、両親が味方になってたくさんの世界を見せてくれたことで学校の中だけが人生ではないと知りました。

なので、今でも人間関係で落ち込んでも、そこだけが人生ではないと思えているので、極限まで追い詰められることも少なくなりました。
(たまにあるけどね(笑))

そこまで数年。

3年になって、やっと学校に行けるかも?と思って行ったんだけど、やっぱり学校は疲れるから早退しようとしたら、先生にめちゃくちゃ怒られ、あなたには高校なんて行かせない!みたいに言われて、傷つき再び不登校になるっていう(笑)

私も塾業界で仕事して、子供を預かって知ったんだけど、子供が駄々こねて勉強しなかったり、帰ろうとして、それ受け入れちゃうと後で親からめっちゃ怒られたりするんですよね(笑)

縛り付けてでも勉強させて下さい!みたいな。

塾と学校じゃ違うかもしれないけど、預かった責任みたいのがあって、許可なく帰すわけにも行かなかったんだろうと思います。

先生ごめんね。

お互いの思いがすれ違って、ずっと先生を恨みながら再び引きこもりしてました(笑)


引きこもり脱出の一番の方法

起こったこと、助けてもらったこと、理解してもらったこと、どれ一つ欠けても引きこもり脱出はできなかったと思います。

けれど、どんなに助けてもらっても最後は自分の意思がなければ動けません。

私の場合、『憧れ』でした。

適応指導教室にいた、カウンセラーの先生が3年生になってから私の担当をしてくれるようになりました。

その先生は、私を大人と同じ目線で見てくれました。

うちの両親はどちらかというと、私を対等な大人として扱っててくれたのですが、両親以外にそんな扱いを受けたのは初めてです。

そして、私はその先生のようなカウンセラーになって、同じ不登校、引きこもりの子を救いたい!って思いました。

そこから猛烈に勉強しました。

因数分解って理科の実験用語だと思っていた私がめっちゃ勉強しました。

そして、県立高校合格!

めっちゃ不良高校でしたが、いいのです。

私には第一歩!

晴れて社会復帰です。

なので、私は不登校や引きこもりをしている人にたくさんの勇気を与えたいのです!

どんな状況でも、復帰はできるよ!って言えるようになりたいのです。

はっ!

思いが熱すぎて長くなってしまいました…

とにかく引きこもり脱出に良いのは『◯◯になりたいという思いや憧れ』だと私は思います。